揚げ物ならどっちも同じでしょ、と思ってたあの頃
子どもの頃、天ぷらと唐揚げの違いをちゃんと考えたことがなかった。どちらも油で揚げて、熱くて、衣があって、うまい。それだけで十分だったし、そこに疑問を持つ理由もなかった。
でもある日、友人に天ぷらと唐揚げって何が違うの?と聞かれて、えっと、衣がちょっと違くて…と口ごもった。わかっているようで、ちゃんと言葉にできない。あの感じ、なんか悔しかった(笑)。
一番の違いは衣の作り方と下味の有無
天ぷらの衣は小麦粉と水と卵で作るのに対して、唐揚げの衣は小麦粉や片栗粉を食材にまぶすだけ。天ぷらは素材の味を楽しむ料理なので下味はつけないが、唐揚げは醤油や酒、しょうが、にんにくで下味をつけてから揚げることが多い。
つまり天ぷらは衣に主役がいて、唐揚げは食材自体に味が入っている。同じ揚げ物でも、設計思想がまるで違う。天ぷらの衣がサクっと軽い理由も、ここにある。
天ぷらに薄力粉を使うのはグルテンが食材の水分を閉じ込めるのを防ぐため。さらにグルテンが作られないように軽く混ぜる程度にする。混ぜすぎると粘りが出て、衣が重くなる。あのふわっとした天ぷらの衣は、あえてざっくり混ぜた不均一さから生まれている。丁寧に混ぜるほど失敗する、という料理の逆説。
唐揚げと竜田揚げ、実は境界線が曖昧
竜田揚げは食材に醤油ベースの下味をつけて片栗粉をまぶして揚げたもの。唐揚げと調理法がかなり似ているため、にんにくを使うのが唐揚げで使わないのが竜田揚げという説や、竜田揚げも唐揚げの一種だという説など諸説ある。
はっきり言うと、専門家の間でも意見が割れている。唐揚げの中に竜田揚げが含まれると考える人もいれば、別物だと主張する人もいる。どちらが正しいかは今も決着していない。この曖昧さ、誰かに話すとそれだけで話が広がる。
天ぷらの語源がポルトガルだったという話
天ぷらは和食の代名詞みたいな扱いをされているけど、実はポルトガルから来た料理。これを知っている人は思ったより少ない。
日本に天ぷらの調理法が伝わったのは室町時代で、鉄砲の伝来とともに南蛮料理としてポルトガルから伝わったとされ、ポルトガル語のテンポーラ、四季に行う斎日が語源という説がある。カトリックの断食の日に、肉の代わりに魚や野菜を食べる文化があって、その調理法が日本に渡ってきた。
天ぷらは長崎天ぷらを起源として東へ伝わり、江戸の三味のひとつとなり、東京の郷土料理となった。元々は屋台で食べられた江戸庶民の大衆的な食べ物だった。
今は高級料理として扱われることも多い天ぷらが、もともと屋台の庶民食だった、というギャップも話のネタになる。江戸時代の屋台で、寿司と蕎麦と天ぷらが三大庶民フードと呼ばれていた。そのうちのひとつが今は銀座の高級店で出てくる。食文化の変化って面白い。
天ぷらという言葉、宣教師との関係がある説
語源にはもうひとつ面白い説がある。ポルトガル語のtemperar、つまり調味するという動詞が変化してテンプラになったという説。宣教師が日本に来て、断食の日の料理を現地で作ったのが起源という話も残っている。
どの説が正しいかは曖昧なまま。でも語源が諸説あるという事実そのものが、話として面白い。正解がないから、聞いた人それぞれが自分の好きな説を選べる。会話の話題として、これほど都合のいい構造はない。
唐揚げの歴史、鶏じゃなかった時代がある
唐揚げといえば鶏肉、という感覚は当たり前すぎて疑わない。でも最初から鶏だったわけじゃない。
江戸時代初期に中国から伝来した普茶料理では唐揚げと書いてからあげまたはとうあげと呼ばれた料理があり、これが唐揚げのルーツではないかとされている。しかしこの唐揚げは豆腐を油で揚げ醤油と酒で煮た料理で、現在の唐揚げとは違うものだった。
最初の唐揚げは豆腐だった。しかも揚げてから煮ている。今の唐揚げとはまったく別の料理。唐揚げという名前だけが残って、中身が変わっていった。
鶏の唐揚げが外食メニューとして誕生したのは昭和初期で、銀座の鶏料理専門店が経営不振を打開するための策として考案したのが始まりとされている。家庭で広く食べられるようになったのは戦後になってから。
経営不振を乗り越えるために生まれたメニューが、戦後の日本の食卓に定着して、今では唐揚げ専門店が全国に増えた。誰かの苦肉の策が国民食になった、というドラマがある。
大分県中津市が唐揚げの聖地を名乗る理由
日本唐揚協会に認定されている唐揚げの聖地は唐揚げ専門店発祥の地の大分県中津市で、市内には60店舗以上の唐揚げ専門店が並ぶ。北海道では唐揚げのことをザンギと呼ぶなど、呼び名もさまざまだ。
60店舗以上が一つの市内に密集している、というのはちょっとした異常事態でもある。ラーメン激戦区みたいな話で、そこに住んでいる人たちは日常的に唐揚げを食べ比べているのかと思うとなんかすごい。
衣ひとつで何が変わるのかという話
天ぷらと唐揚げの最大の違いは衣、と最初に言った。でもこれ、作り手からすると全然違う難しさがある。
天ぷらは衣を混ぜすぎてはいけない。混ぜるほどグルテンが出て重くなる。冷水を使う理由もグルテンの発生を抑えるため。つまり天ぷら上手かどうかは、いかに混ぜないかの勝負でもある。普通の料理は丁寧に混ぜるほどいい、という感覚があるから、これは直感に反する。
唐揚げは下味の時間と粉の選択で決まる。片栗粉を多くするとカリッと、小麦粉を多くするとふんわり。二度揚げすると外がさらにカリカリになる。同じ鶏肉を使っても、誰が作るかで全然違う唐揚げになる。あの仕上がりの差を言語化できる人は少ない。
天ぷらと唐揚げ、どちらが好きかで人が見える
食べ物の好みって性格が出るさ、という話は雑談の定番だけど、揚げ物の好みもけっこうその人が出る。
天ぷら派はあっさりしたものが好きで素材を重視する傾向がある気がする。唐揚げ派はがっつりした味が好きで、にんにくとしょうがが効いた下味に安心感を覚えるタイプが多い、という印象がなんとなくある。もちろん例外だらけだけど、こういう仮説を誰かに投げると、違う違う自分はこうだよ、という話が出てくる。そこから食の好みの話になって、気づいたらその人の育った家庭の話になっていた、ということが起きやすい。
竜田揚げを加えると話が三角形になる
天ぷらと唐揚げの二択で話していたところに竜田揚げを加えると、議論が急に複雑になる。唐揚げと竜田揚げって何が違うの?という疑問を投げるだけで、それぞれが持っている知識と認識が出てくる。
にんにくの有無説、下味の漬け時間の差説、片栗粉だけが竜田揚げ説。全部微妙に違う説が存在して、どれも完全な正解じゃない。正解のない問いは、誰かを否定しなくて済む。全員が自分の意見を言える。そういう話題は場を壊さない。
食べ物の違いを話しているつもりが、それぞれの記憶や感覚の違いを話していた、という展開になるのが揚げ物トークの面白さだと思う。天ぷらと唐揚げ、どっちが好きかじゃなくて、なんで好きなのかを聞いたとき、その先に出てくる話がけっこう面白い。

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