居酒屋で「どっちにする?」と聞かれて詰まった
友人と居酒屋に入って、唐揚げと天ぷらどっちにする?という問いに、なんか迷った。どちらも揚げ物で、どちらも好きで、違いを言葉にしようとしたらうまく出てこなかった。衣が違うのはわかる。でもどう違うのかを説明できない。結局両方頼んで、食べながら改めて違いを考えた。
食べたら全然違う。でも言語化できない差というのが面白くて、それを突き詰めたくなった。
衣の作り方が根本から違う
天ぷらの衣は小麦粉と水と卵で作るのに対して唐揚げの衣は小麦粉や片栗粉を食材にまぶすだけ。天ぷらは素材の味を楽しむ料理なので下味はつけないが唐揚げは醤油や酒、しょうが、にんにくで下味をつけてから揚げることが多い。
天ぷらの衣は液体で作って食材をくぐらせる。唐揚げは粉を直接まぶす。この違いが仕上がりの全部を決める。天ぷらの衣がふわっと軽い理由は、液体で作った薄い衣が高温で一気に水分を飛ばすから。唐揚げの衣がザクザクしている理由は、粉が食材表面に密着して薄い殻を作るから。食感の違いは素材の違いではなく、粉の使い方の違い。
食べ比べるとわかる。天ぷらは口の中で衣がほどける感じがある。唐揚げは衣が噛み切れる感触がある。似ているようで、口の中での体験が全然違う。
天ぷらの衣をわざと混ぜないのはなぜか
天ぷらに薄力粉を使うのはグルテンが食材の水分を閉じ込めるのを防ぐため。さらにグルテンが作られないように軽く混ぜる程度にする。
料理は丁寧に混ぜるほどいい、という感覚に反している。天ぷらは混ぜすぎるほど衣が重くなって失敗する。ダマが残っていてもOK、むしろ残っている方がいい。このカウンターインテュイティブな作り方が、天ぷらを難しくしている理由でもある。知っていると揚げ物の技術の話として盛り上がる。
唐揚げに下味がついている理由が文化の話になる
天ぷらが素材の味で食べる料理なのに対して、唐揚げは食材に濃い味を先につけてから揚げる。この発想の違いが面白い。
唐揚げのルーツが豆腐だったという話
江戸時代初期に中国から伝来した普茶料理では唐揚げと書いてからあげまたはとうあげと呼ばれた料理があった。しかしこの唐揚げは豆腐を油で揚げ醤油と酒で煮た料理で現在の唐揚げとは違うものだった。
最初の唐揚げは鶏肉じゃなかった。豆腐を揚げて煮た料理。それが時代とともに変化して、昭和初期に銀座の鶏料理店が今の形の鶏の唐揚げを作った。唐揚げという名前だけが残って、中身が全部変わった。名前の歴史と料理の歴史がこんなにずれている食べ物も珍しい。
天ぷらのルーツがポルトガルの断食料理だった話
日本に天ぷらの調理法が伝わったのは室町時代で鉄砲の伝来とともに南蛮料理としてポルトガルから伝わったとされポルトガル語のテンポーラ、四季に行う斎日が語源という説がある。
カトリックの断食日に肉の代わりに食べる野菜や魚の揚げ物が、宣教師とともに日本に来た。あの軽い衣の料理がポルトガル発祥。唐揚げは中国由来、天ぷらはポルトガル由来。どちらも外国から来た料理が日本で独自に進化した。日本の揚げ物文化、全部輸入品だった。
竜田揚げはどこに入るのか問題
唐揚げと天ぷらの違いを話していると、必ず竜田揚げはどうなの、という話が出てくる。
唐揚げと竜田揚げ、境界線が専門家でも割れている
竜田揚げは食材に醤油ベースの下味をつけて片栗粉をまぶして揚げたもので唐揚げと調理法がかなり似ているためにんにくを使うのが唐揚げで使わないのが竜田揚げという説や竜田揚げも唐揚げの一種だという説など諸説ある。
正解がない。料理研究家によって説が違う。片栗粉だけが竜田揚げ、小麦粉が混じると唐揚げ、という説もある。醤油ベースの下味が必須なのが竜田揚げ、という説もある。どれも決め手に欠ける。
この曖昧さ自体が話題として強い。唐揚げと竜田揚げって何が違うの?という問いに、正解がないんだよ、という答えを出すと、え、じゃあメニューの表記はどういう基準なの、という話が続く。お店が好きに名前をつけているだけで、統一基準がない。それが現実。
揚げ物の好みで出身地と性格が出る話
同じ揚げ物でも、地域によって強い方が違う。
大分県中津市が唐揚げの聖地を名乗る
日本唐揚協会に認定されている唐揚げの聖地は唐揚げ専門店発祥の地の大分県中津市で市内には60店舗以上の唐揚げ専門店が並ぶ。北海道では唐揚げのことをザンギと呼ぶなど呼び名もさまざまだ。
中津市で唐揚げ専門店が60軒以上というのは単純に密度がすごい。その街で育った人の唐揚げの基準と、東京で育った人の基準は全然違う。どこで食べた唐揚げが一番うまかったか、という話をすると出身地の話になる。食べ物の記憶は地域の記憶でもある。
北海道のザンギはにんにくが強めで衣が厚め、という特徴がある。同じ唐揚げという名前でも、地域によって全然違う食べ物になっている。その差を知っている人と話すと一気に盛り上がる。
高級店で食べる天ぷらと屋台の天ぷら、どちらが本来の姿か
今では銀座や日本橋に一万円以上のコースで天ぷらを出す高級店がある。一方で江戸時代の天ぷらは屋台で庶民が立って食べる安い食べ物だった。
天ぷらは長崎天ぷらを起源として東へ伝わり江戸の三味のひとつとなり東京の郷土料理となった。元々は屋台で食べられた江戸庶民の大衆的な食べ物だった。
江戸の三味は寿司、蕎麦、天ぷら。全部今では高級にもなれるし庶民的にもなれる食べ物。500円の立ち食い蕎麦と一万円の高級蕎麦が同じ食べ物として存在している。同じ食材が格差の両端に存在できる、日本の食文化の面白さがここに出ている。
この話が会話で止まらなくなる入れ方
揚げ物を食べている場面や、ランチの話が出た場面で使いやすい。
唐揚げと天ぷら、どっちが好き?で始める
好きな揚げ物の話は全員が意見を持っている。どちらが好きかを聞いてから、なんで好きなのかを聞く。この二段階が大事で、一段階目は答えやすい、二段階目でその人の感覚が出てくる。さっぱりしたものが好きだから天ぷら、がっつり食べたいから唐揚げ、という答えにその人の食の傾向が出る。
そこに唐揚げが最初は豆腐だったという話と、天ぷらがポルトガルから来たという話を出す。全然違う国から来た料理が、日本の居酒屋で並んでいるという状況がちょっと面白くなる。食べ物の話が文化交流の話になる瞬間、それが雑談として一番深くなる展開。

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