ちくわだと思って食べたら全然違うやつだった
関西から東京に来て最初の冬、コンビニのおでんでちくわぶを頼んだ。名前にちくわとついているから、ちくわだと思った。当然だと思う。でも口に入れたら、もちもちした小麦粉のかたまりで、魚の風味はゼロ。え、これちくわじゃないじゃんという顔をしたら、関東の友人に笑われた。
まずいというより、裏切られた感覚。期待と現実のギャップ、あれが一番きつい。ちくわという名前を外してくれたら、素直に受け入れられたかもしれない。
ちくわぶは魚を使っていない、小麦粉と塩だけでできている
ちくわぶは小麦粉と塩から作られる練り物の一種。漢字では竹輪麩と書き、ちくわに似た形をしたお麩のような食品という意味を持つ。ちくわは魚のすり身が原料だが、ちくわぶは小麦粉のみで魚は一切入っていない。
この事実を知らずに食べた人が、まずいと感じるパターンが一番多い。ちくわを想定して口に入れた瞬間に来る違和感。魚の旨みを期待していたのに、小麦粉のもちもちが来る。これはまずいのではなく、情報のなさが生んだ体験のズレ。
ちくわぶをまずいと思う人は概ね同じような感想を抱いている。最も多い理由は、ちくわぶをちくわの一種と考えて食べているためそのギャップからまずいと感じる場合で、魚介練り製品であるちくわと比較してしまうと味も食感も全く異なるためまずいと感じるのは仕方がない。
粉っぽいのは調理不足のせいだった
もうひとつよく言われるのが、粉っぽいという感想。これは調理に問題がある場合が多い。
粉っぽさが苦手でまずいという声もある。小麦粉を練ったものなので確かに粉っぽさがないとは言い切れないが、しっかり煮込めば出汁を吸って美味しいもちもちした食感の食べ物になる。
煮込みが足りないと粉っぽくなる。逆に十分に煮込むと、出汁を吸ってもちもちになる。関東のおでん屋でちゃんと煮込まれたちくわぶと、なんとなく入れただけのちくわぶは全然違う食べ物として出てくる。まずいと言っている人の多くは、煮込み不足のものを食べた可能性がある。
なぜ関西には存在しないのか、という話が面白い
ちくわぶは関東地方で広く親しまれている食材。ある調査結果では、ちくわぶを食べたことがある人は東日本に集中しており、関西地方ではちくわぶを全く知らないと回答した人が多数となっている。
全国食品じゃない。関東ローカルフード。これを関東出身の人に言うと、え、普通に全国にあるでしょ、という反応が返ってくることが多い。自分の日常が全国標準じゃなかったと気づく瞬間、おでんという身近な食べ物で起きる。
関東大震災の炊き出しが発祥という有力な説
有力な説として、1923年の関東大震災の際に被災地の炊き出しで関西から来た人たちが関東煮を提供するとき、京都では欠かせない具材の生麩がなかったので小麦粉で代用したのが発祥で、後にちくわぶになったとされている。
生麩の代替品として生まれた、という出自がある。関西のおでんに生麩が入っているのはそういう文脈で、それがちくわぶになったのが関東。同じ役割の食材が、地域によって違う姿で定着した。
ちくわぶは空気に触れると劣化が激しく、当時の流通では各地に広がりにくかったことから地産地消の食材となった。また地域ごとに独自の粉もの文化が根付いており、他の地域のものを受け入れる必要がなかったとも考えられる。
流通の問題で広がらなかった。関東で生まれて、関東に閉じたまま独自に発展した。この背景を知ると、ちくわぶへの見方が少し変わる。
関東のだしと関西のだしの違いが食材の好みを分けた
関西のおでんは昆布をベースとしたすっきりした煮汁で、おでん種自体にしっかり味が付いたものが多い一方、単体で味のないちくわぶは関東の醤油を使った味の強い煮汁によく合う。味付けの違いで食べられる地域に違いができた。
これが核心。ちくわぶは自分では何の味も持っていない。だしを吸って初めて完成する食べ物。関東の濃い醤油だしに浸かることで旨みのかたまりになる。関西の薄いだしでは、芯まで味が入らない。同じちくわぶを使っても、だしが違えば全然違う結果になる。だから関西人がまずいと言い、関東人がうまいと言う。どちらも正しい体験をしている。
まずいと言われながら関東で生き残り続けた理由
関東以外の人にまずいと言われ続けてもなお、関東のおでんから消えない。それは関東出身者にとって、ちくわぶがおでんのだしを一番吸ってくれる存在だから。
だしをどこより吸う、それがちくわぶの唯一の役割
出汁がしみた豆腐が好きな人、出汁がしみた大根が好きな人、それぞれいる。ちくわぶが好きな人は、出汁がしみた小麦粉のもちもちが好き、ということ。素材の味ではなく、だしの器として機能する食材。
コンビニのおでんで一番だしが濃くなった鍋の底、あそこに長く浸かっていたちくわぶは全然別の食べ物になっている。これをうまいと感じた瞬間にちくわぶ派になる、という話があって、そのきっかけを持った人だけが関東ローカルの味覚を理解できる。
出身地が一瞬でわかる食べ物として最高のネタになる
おでんの話をしていてちくわぶを知っているかどうか聞くだけで、相手が関東出身かどうかほぼわかる。
おでんの具で出身地当てゲームができる
おでんに何入れる?という問いを誰かに投げると、答えに出身地が滲み出る。ちくわぶが出てきたら関東、じゃがいもが出てきたら北海道か静岡、牛すじが出てきたら関西か博多、というざっくりした分類ができる。
おでんに入れるものなんて共通だと思っていた人が、地域によってまったく違うことを知る瞬間。ちくわぶという固有名詞ひとつで、出身地の話、子どもの頃の食の記憶、おでんを食べた冬の夜の記憶が出てくる。食べ物の話が記憶を引き出す入り口になるのは、おでんが一番わかりやすい例だと思う。
まずいと言っていた人が食べ直して覆った話が面白い
初めてまずいと感じたちくわぶを、ちゃんと煮込まれたものとして食べ直した人が、あれ全然違う、という体験をすることがある。先入観と実体験が一致しないときの混乱、それを誰かに話すと共感が生まれやすい。まずいと思っていたものが覆った体験、食べ物でも人間関係でも似た構造があって、そこから話が広がっていく。

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